ファミリア・ラプソディア

ピアスと家族(3)

 わぁあああ! っと、僕は声にならない声を上げて上掛けをかき集め、身体を隠した。
 何故、どうしてが頭の中を無意味にグルグル回る。

「おっそよー!」

 現れたのは、金髪の小柄な青年だった。
 短い髪はクルクルの癖っ毛で、少年のような大きな目をしている。
 一方、半袖のプリントシャツから伸びる腕は細いながらもかなり筋肉質だ。

「類ちゃん。もう13時だし、さすがに声かけにきたよ」

 彼は無邪気な、お日様のような笑顔を浮かべて、部屋に入ってきた。

「……お前な。空気読めよ」

 ベッドから落ちた類さんが、ジト目で青年を見やる。

「バッチリ読んだよ? このまま放ったからしてたら、2人して夜までご飯食べないでしょ」

 彼は勝手知ったる様子でベッドの近くまでくるとリモコンを手に取り、エアコンの電源を切った。
 続いて、窓を開け放つ。
 ジメジメした熱風が吹き込んできて、微かに外の喧騒が聞こえてきた。

 それから金髪の青年は類さんに向き直り、腰に手を当てて子供みたいに頬を膨らませた。

「類ちゃんはよくても、デンデンがお腹空いて倒れちゃうよ? それって良くないと思う!」

 そう言ってから、僕に「ね!」っと同意を求めてくる。

「で、デンデンって僕のこと……ですか?」

 もっと他にも尋ねることはあるのに、間抜けな問いが口を突いて出た。
 金髪の青年はニコリと笑って深く頷き、どこか誇らしげに胸を張った。

「うん! 伝だからデンデン。カタツムリみたいで可愛いでしょ?」

 どうして彼は僕の名前を知っているんだろう?
 いや、それより彼は誰だ……?

「ほらほら、2人とも! ボーッとしてないでさっさとシャワー浴びてきて! ソウちゃんがご飯作って待ってるから!」

「……わかったよ」

 類さんが髪を気怠げにかき上げながら、立ち上がる。
 それからゴムを無造作に取ってゴミ箱に放ると、下着をはいてトレーナーを被った。

 僕も腕を伸ばして床に放られていた下着を取り、上掛けの下で履く。Tシャツを身につける。

「伝。行くぞ」

「は、はい……っ」

 部屋を出た類さんを慌てて追った僕は――逆再生するみたいにスススと部屋に戻った。
 ズボンを履き、今度こそ部屋を出る。

 ――更に見知らぬ青年がふたりいたのだ。

 ひとりはキッチンで忙しなく何かを作っていて、もう一人は大きな液晶テレビの前のソファで本を読んでいた。

 ……この混乱をどう表現すればいい?
 状況がさっぱり分からない。
 というか。というか……全部、丸聞こえだったってことか……?

 身体をこれ以上なく縮こまらせて、僕は足早に、いや、ほぼ駆け足で、脱衣所に逃げ込んだ。
 中に入ると類さんが待っていた。

「伝。一緒に入る?」

「入りません!!」

 僕は類さんに背を向けて、その場にしゃがみ込む。
 ややあってから、浴室からシャワーの音が聞こえてきた。

 僕は膝を抱え、額を膝頭にグリグリ押し付ける。
 次いで詰めていた息を吐き出した。深く、長く。

 穴があったら入りたい。
 むしろ、そのまま埋葬して欲しい。

* * *

 ……シャワーを浴び終えた後も、僕の混乱は続いていた。

「デンデン、食べられないものある?」

「いえ、ありませんが……」

「オッケー」

 何故か、僕は類さんと見知らぬ人たち――さっき起こしに来た金髪の青年と、無表情の黒髪の青年、目尻が優しげな背の高い青年の3人――と、食卓を囲んでいる。

 広々としたテーブルには、野菜サラダと鶏肉の香草焼き、アスパラの肉巻き、クロワッサンに果物たっぷりのヨーグルトが用意されていた。
 ひとりひとりに北欧的な単色の大きなプレートが用意されていて、それぞれ好きな量を取り分けるようだ。僕のプレートは淡いラズベリー色だった。

「はい、これデンデンの分ね」

「あ、ありがとうございます」

 金髪の青年に手渡された皿には、山と野菜が乗っていた。上京してこの方、質より量の生活だったから色とりどりの野菜に目がチカチカする。

 他の人に目を向ければ、みんな個性的なよそり方をしていた。
 黒髪の人は全てのメニューをきっちり同量、皿に乗せていたし、背の大きな人は、ヨーグルトは食べないようだ。
 金髪の青年は、野菜とフルーツを目いっぱいよそっていて、類さんのプレート上には野菜が一切見当たらない。
 そういえば、カレー屋さんに行った時も、類さんはサラダを僕に押しつけてきていたっけ。

「ああ、もう、類ちゃん。野菜もちゃんと食べなよ」

「いらねぇよ。その分、肉食うから」

「肉じゃ代わりにならないから! まったく、ただでさえ不摂生なのに……」

 金髪の青年は、わさっとトングで掴んだアボガドを類さんのプレートに乗せた。

「おまっ、このっ……!」

 箸で摘んで返そうとする類さん、ササッと皿を引く金髪の青年。
 僕は呆気に取られてふたりのやり取りを眺めた。
 随分と類さんの印象が違う。

「類。伝くんがビックリしてるよ」

 すると、目の前に座る背の大きな青年が口を開いた。
 類さんがはたとしてこちらを見るのに、僕は慌てて首を振った。   「いえ、び、びっくりしてはいないですよ……! 仲いいなと思って見てただけです!」

 ……というか、背の高い彼も僕の名前を知っているみたいだ。
 本当に、一体、どうして。

「大人になっても野菜食べられないなんて、ダサいよね~?」

 と、金髪の青年が左隣の誕生日席に腰を下ろして言う。

「大人になったのに、なんでわざわざ嫌いなもん食わなきゃならねぇんだよ。なあ?」

 僕の右隣で、類さんが鼻を鳴らす。
 反応を求めてくるふたりを、僕はあたふたと交互に見た。

「じゃれ合うのはその辺にして……食事にしよう。
 せっかくのお肉が冷めたら台無しだ」

 背の高い青年が言う。

「それもそうだね」

「飯にするか」

 ホッと胸を撫で下ろして背の高い彼に目を向ければ、彼は片眉を起用に持ち上げた。どうやら助け船を出してくれたみたいだ。

「ソウちゃん、いつもご飯作ってくれてありがとう! いただきまーす!」

「いただきます」

 僕は手を合わせてクロワッサンを手に取る。

「そいやさ、昨日、お客さんがさ~……」

 他愛もない話をしながら、和やかに食事は進んでいった。
 彼らは普通に僕にも話題を振ってくれたし、話も聞いてくれた。
 ちょくちょくツッコミも入れてくれたりする気さくさだ。

 ……それで、この人たちは誰なんだ?

 僕はクロワッサンを手に持ったまま思う。
 今更聞くのも変な感じだった。だって、彼らは僕を知っている。
 そして、ここに僕がいることに何の疑問も持っていないようだから。

 類さんに目だけで問えば、肉が欲しいと誤解されて香草焼きがプレートの上にひとつ増えた。

 だんだん、彼らを知らない僕の方が間違っている気がしてきた。
 もうとっくに知り合いなのではないか。ただ、僕が忘れてしまっているだけなのではないか……そう思うと、質問する勇気が削がれていく。
 僕は諦めて食事に取り掛かった。

「うっ……」

 味わう余裕なんてないと思っていた僕は、クロワッサンを頬張って目を見開いた。

 とてつもなく旨い。

 サクサクの表面、中はしっとりとしていて濃厚なバターの味が口中に広がる。
 次に僕は肉を食べた。これまた絶品だった。
 柔らかい肉に歯を立てると肉汁が溢れ出る。噛むほどに旨みを増していくようだ……

「……どうだ?」

 声も出せずに感動していると、対面右に座る黒髪の人が口を開いた。
 彼はどうやら僕が食べるのをずっと待っていたらしい。

「美味しいです。凄く……」

 何度も頷くと、彼は「そうか」と短く言って目を細めた。
 笑うと冷たい雰囲気から一転、とても爽やかだ。けれど彼はすぐに無表情に戻ってしまう。

 僕は改めて、談笑する彼らを眺めた。

 類さんの兄弟――なのだろうか。
 とても仲が良いのは話しぶりから分かる。
 リラックスしていて、自然で、飾り気がない。
 でも、彼らの見た目は少しも似通った部分はなかった。

 金髪の青年は随分と小柄だ。表情が豊かで、可愛らしい。よく話し、よく笑った。
 背の高い青年は、みんなよりも2回りくらい大きくて、肩幅もあった。その顔は慈愛に満ちている感じで、話しぶりもおっとりとしている。透明の手袋をしているのが少し気になった。
 黒髪の青年は、とにかく無表情で、無口だった。会話にはほとんど参加せず、黙々と食事をしている。かと言って、仲が悪いようには見えない。

「あの」

 僕は、金髪の青年の話が途切れたタイミングを狙って口を開いた。
 みんなの視線がこちらに向く。

「あなた方は……その、一体……?」

 おずおずと問えば、金髪の青年が「あっ」と声を上げた。

「ごめんごめん! 自己紹介がまだだった!」

 金髪の青年はそう言うと席を立った。

「僕は根子寧太。ニャン太って呼んで。
 それで、むこうの無口なのが、蒼悟(そうご)――ソウちゃん。で、こっちが帝人(みかど)。みんな、類ちゃんの家族だよ。って、こういうことは類ちゃんがやるんじゃないのー?」

「……悪い。タイミング測ってた」

「なんでそんなことしてんの、もう」

「家族……?」

「よろしく」と、帝人さんが言う。

「よろしくお願いします。僕は洞谷伝です」

 僕は、やっと類さんが紹介したいと言っていた家族というのが彼らなのだと、合点がいった。

「ご兄弟で仲がいいんですね。羨ましいです。僕は、兄とあまりうまくいっていないから……」

 言うと、ニャン太さんがキョトンとした。

「え? ボクたち、兄弟じゃないけど」

「へ?」

 小首を傾げた彼につられて、僕も同じようにした。

 兄弟じゃない?
 なら、親戚ってことか?

 すると、帝人さんが訝しげに口を開いた。

「……類。さっき、タイミングを測ってたって行ってたけど……もしかして俺たちのこと伝えてないの?」

 隣の類さんが野菜を突いていた箸を止める。

「は? はぁああああ!?」

 素っ頓狂な声を上げたのは、ニャン太さんだ。

「ちょっ、それ、本当!? ボクらのこと言わないで、デンデンのこと部屋に連れ込んだの!?」

「だから、タイミングを……」

 類さんがボソリと言う。

「ハイ、ウソ! 言ったら断られると思ったんだね? それ、騙してるのと変わらないから!! 最低だよ!!」

 ニャン太さんの言葉に、帝人さんが困ったように肩をすくめた。
 その隣で蒼悟さんは変わらず食事を続けている。

「ええと……?」

 話が読めない。
 何だろう、どうして類さんはどことなく居心地が悪い感じになっているんだ?
 戸惑う僕に、ニャン太さんはとても真剣な表情をした。

「……あのね、デンデン。落ち着いて聞いて欲しいんだ」

「は、はい」

「ボクらは家族だけど兄弟じゃない」

 ならば、やはり親戚ということか。
 珍しいとは思うが、ありえないことではない。
 それなら顔形が似ていなくても納得がいく。

「兄弟よりも、もっと仲がいいというか……」

「仲がいい?」

 意味がわからず、傾げる首の角度が大きくなる。

「つまり……」

 ニャン太さんが類さんの所へやって来る。
 ついで、彼の胸ぐらを掴むと、

 ちゅうううっ! っと、情熱的に唇を重ねる。
 …………僕の思考はフリーズした。

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