ファミリア・ラプソディア

理想と現実 Side:寧太

 真新しい制服に身を包んだボクは、教室の中でそわそわしていた。

 入学式、クラスメートとの初の顔合わせ――今日一日で高校生活全てが決まるわけじゃないけど、その方向性は決まっちゃうだろう大事な日だ。

 まだ入学式前だというのに、もうすでに仲良くなっている人がちらほらいて、ちょっとだけ焦る。学区外から受験したボクとは違って、みんな近い出身だったりするのかもしれない。

 うまく馴染めるといいんだけどなぁ。
 なんて自己紹介しようかな。

 ボクは机の上に配布されていた教科書を無意味にペラペラしながら、新生活への期待に胸を膨らませた。

 高校生と言えば……やっぱ、甘酸っぱい青春だよね~!

 昨日読んだマンガのワンシーンを思い出して、グッと手を握りしめる。

 ズバリ、ズバリ、彼女が欲しい……!
 もちろん姉ちゃんたちみたいに怖い人じゃなくて。
 可愛くて、優しくて、お菓子作るのが趣味で、ピクニックデートにお弁当持ってきてくれるような、ふわふわした彼女が欲しい! めっちゃ欲しい!
 学校帰りにゲームセンターに寄って音ゲーしたり。
 ファミレスでドリンクバーを頼んでだらだらダベったり。
 マンガの貸し借りしたり、モンスターを一緒に狩りにいったり、あとあと映画も見に行きたい。鉄板の遊園地デートもしたい。そして観覧車の一番上で、付き合ってくださいって告白をするのだ。
 中学の頃はうまくいかなかったから、今度こそ、と気合いを入れる。

 ――が。

 そんなワクワクした気持ちもすぐに撃沈した。
 女子の視線はぜーーんぶひとりの男子学生に集約されていたからだ。

 ……あの顔は反則でしょーよ。

 窓際に座る男子学生をチラ見して、ボクはげんなり溜息を吐いた。

 彼は、ちょっと浮世離れしていた。
 まず顔がいい。めちゃくちゃいい。
 化粧でもしてるのかな、って思うくらいにキレイだ。男にキレイっていうのも変な感じがしたけど、とにかく顔形が整い過ぎている。
 身長はそこそこ高く、痩せ型。マッシュショートの少し茶色っぽい髪には、緩やかなウェーブがかかっている。
 中性的な目元は爽やかで涼しげで、どことなく憂いを帯びていた。
 彼は声をかけてもいいのか躊躇うような崇高な雰囲気をまとっていて、教室に入って来てからというもの誰とも話さず窓の外を見たり、教科書を眺めたりしている。

 周辺の生徒たちは落ち着かない様子で、チラチラ彼を見て距離を測っていた。
 けれど、ひとりの勇気ある女子が声をかけると彼は驚くほど気さくなタイプだというのがわかった。
 初めはちょっと気恥ずかしそうにしていた彼だったが、すぐに屈託なく笑った。その姿はあどけなく、周囲の空気が一気に和らぐ。

 うーん、ズルい。
 あんなにキレイなのに、とっつきやすいとかズルい。

 面白くなくて、机の上の教科書に突っ伏す。と、

「根子くん」

「ふぇ?」と突然声をかけられて顔を上げたボクは、目を見開いた。
 思わぬ人物が立っていたのだ。

「……かっ、かか、会長!?」

 ボクは素っ頓狂な声を上げて、席を立った。
 声をかけてきたのは百瀬帝人――中学の頃の生徒会長だったのだ。

「え、え、なんで? なんで会長がここに……???」

「なんでって同じクラスだからだけど……」

 困ったように笑う彼に、ボクはハッとして口を片手で塞ぐ。

 ……ってことは、K大付属に落ちたってこと?
 あの万年主席が? マジ!?

 彼はゴリゴリの私立の進学校に進むというもっぱらの噂だったのだが……ここにいるということは、そういうことなのだろう。

「知り合いひとりもいないと思ってたから不安だったんだ。根子くんがいて良かった」

 そう言って、彼はホッと胸を撫で下ろす。

「ボクも……」

 頷きながら、彼も人並みに不安とか感じるんだー、なんて失礼なことを思った。
 会長は絵に描いたような超人的優等生だったからだ。
 成績は入学当初からトップを爆走し、剣道部では主将も務め、教師からも生徒からも信頼されていた。家柄も良くて、彼は地元でも有名な大きな病院の御曹司だ。
 かと言ってそれを鼻にかけるようなこともなく……いつも控えめに笑っている。
 そんな人間いる? とボクは中学3年間で最低20回は思ったものだが、そんな超人も新しい環境では不安らしいことを知ってグッと親近感が湧いた。

「ねえねえ、会長。その根子くんっていうの止めてもらっていい? なんだか慣れなくて」

「じゃあ、何て呼べばいい?」

「ニャン太で。家族も友達もみーんなそう呼ぶから」

 言うと彼は人好きする穏やかな笑みを浮かべて頷いた。

「わかった。じゃあ、僕のことも帝人でよろしくね。もう会長じゃないし」

「それもそっか」

 その時、担任が入ってきて、みんなそれぞれの席に戻った。
 入学式に続いて行われた初めてのホームルームは、自己紹介で終わった。

 あの美少年は、頼久類と名乗った。

 名前までオシャレだなぁ、とボクは思った。

* * *

 翌日は始業式だというのに午後からガッツリ授業があった。
 ボクはお昼休みになると、お弁当を手に帝人の席に駆け寄った。

「ねぇねぇ、お昼、外で食べない?」

「外? どうして?」

「せっかくまだ桜咲いてるし、お花見しようかな~と思って」

「いいね。でも、みんな同じこと考えてそう……」

「ふっふっふー。そこんトコは任せといて。めっちゃいい場所見つけたから!」

 ボクは購買で1リットルの牛乳パックと惣菜パンを追加で買うと、さっそく帝人と裏庭に向かった。

「校舎前の桜ばっかり目立ってるけどさ、裏の方にも咲いてたんだよ。迫力はないけど、ゆっくりご飯食べながら眺める分にはいいかな~って」

「そうなんだ。全然知らなかったよ。いつ調べたの?」

「んー、昨日学校終わってからブラブラしてたんだ」

 実は昨日からお昼はお花見をしようと画策していた。
 運命的にふわふわ女子と仲良くなって、お花見しながらおしゃべりできたら幸せだな~なんて考えていたのだ。
 まあ、結局女子に話しかける勇気は出なかったんだけど。

「あ、ほら。見えてきた。あの桜!」

 築ウン十年の平屋の旧校舎をグルリと回って、裏庭へ。
 人影のない静かな庭に、その桜はひっそりと咲いていた。

「ここなら人気もないし、だらっとお花見しながらお昼ご飯が食べられ――」

「……なんかうるせぇのが来た」

 ベストポジションに向かったボクは、うんざりした声に歩みを止める。
 そこにはふたりの先客がいた。
 黙々と惣菜パンを頬張る男子と、もうひとり……緑の草の上に寝転がっていたのは、あの頼久類だった。

-109p-
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