ファミリア・ラプソディア

火事と背中(4)

 類さんが連れて行ってくれたのはパスタのお店だった。歓楽街に入る直前の、パチンコ店の目の前のビルの地下にあって、一見、小規模のライブハウスかと思われた。

 店内は薄暗かったが、明るいイタリアンポップスが流れている。

 シェフはかなり背が高く、ゴツい人で、たった今戦場から帰ってきました、と言われたら 信じてしまうくらい険しい顔つきをしていた。
 普段からあの顔、と類さんに言われなかったらパスタを味わうことは出来なかったかも知れない。

 僕らは少量のパスタを4種類頼んで、シェアした。
 アラビアータも、ボンゴレビアンコも、ペペロンチーノもゴルゴンゾーラも凄く美味しかったし、サイドメニューのハチノスのトマト煮なんて頬がとろけ落ちるかと思うくらいだった。
 しかし値段はといえば、1皿1000円を切るのだ。僕は驚愕した。

「ここ穴場なんだよ」

 類さんは赤ワインで舌を湿らせながら、上機嫌に言った。
 僕はあいまいに笑いながら、内心「そうでしょうとも!」と強く同意する。

 まず、地下の店に続く薄暗い階段を降りるのに勇気がいる。壁にはスプレーの落書きもあってちょっと怖いし、加えてシェフの強面だ。
 新規のお客さんはまず入らない……いや、入れないだろう。

「類さんって、いろんなお店知ってるんですね」

 満足過ぎた食事を終え、デザートのジェラートを食べながら、僕はしみじみと言った。

「まあな。一時期、狂ったように食べ歩きしてたから」

 類さんは背もたれに寄りかかると、苦笑いを浮かべる。

「く、狂ったようにですか」

「うん。卒業したばっかの頃は金なくて毎日かつかつだったんだけど……運良く新人賞取って映画化とかされて、突然、ポンッと大金が手に入ったんだよ。
 でも、翌年の税金考えるとデカい買い物なんてできねぇだろ?だから、細々とした贅沢……って考えて、食に行き着いた」

 彼は何かを思い出すように視線を投げた。
 それから指折り数える。

「みんなで色んな店食べ歩いたよ。フレンチ、イタリアン、和食、中華……ベトナム、タイ、トルコ、ロシア、ミャンマー、あとはカレー。他には……ああ、クスクスの店も探したな」

「くすくす? くすくすってなんですか?」

「アフリカとか中東の食事」

「そういうのって日本で食べられるんですか」

「うん、今度連れてってやるよ。俺はボソボソしててあんま好きじゃねぇけど、ニャン太とか帝人なんかは好きみたいだし……伝もたぶん好きな系統だと思う」

 ニャン太さんが好きで、類さんがあまり好きではないとなると……野菜がメインなのだろうか?
 どんな料理か想像も付かない。

 僕も一緒にワインを飲みながら、そんな他愛もない話をした。
 やがてほろ酔い気分になる頃、類さんはチラリと携帯を見てから言った。

「そろそろ出るか」

 ああ、もうそんな時間か。
 僕はちょっと残念に思いながら席を立った。

 会計を済ませて、お店を出る。
 パチンコ店の鋭い光に目を細める。
 雨は止んでいて、どんよりと湿った香りがただよっている。濡れたコンクリートに光が反射していた。

 うごめく人影が駅に向かって流れていく。
 それに逆らうように、類さんは僕の腰を抱くと歩き始めた。

「類さん、駅こっちじゃないですよ」

「そうだな」

「そうだな、って……か、帰らないんですか……?」

 意味の無い問いが口を突く。
 類さんは蠱惑的に微笑んだ。

「ん……あんたのこと帰したくねぇ」

 僕らは顔を見合わせた。
 次いで同時に噴き出す。

「なんですかそれ」

「言ってみたかったんだよ」

 ケラケラ笑い、僕は腰に回されていた彼の手に手を重ねた。
 指を絡め、僕らは身体を寄せ合いホテルに向かう。

 握りしめた手は熱いくらいだ。

* * *

 ホテルに着くと、僕は靴下を脱いでベッドに座った。
 その横に類さんがルームウェアを放る。

「伝、どっちの色着る?」

「じゃあ、グレーで」

 類さんは「了解」と頷いて、黒い方を手に取ると広げた。

「ルームウェア、オシャレでいいな」

「前は違ったんですか?」

 問うと、類さんはちょっと気まずそうにする。

「あー……前は手術服みたいなのばっかだったんだよ。ヘロヘロで、ダサくてさ」

「それはちょっとイヤですね……」

「じゃ、先シャワー浴びてくるわ」

 彼は話しを切り上げるようにして、踵を返した。

「あ、は、はい」

 スタスタと浴室へ向かう彼の背中に、僕は唇を開閉させた。
 続いて、嘆息する。

 一緒にシャワーを浴びる流れだと思っていたのは僕だけだったみたいで、ちょっと寂しい。追い打ちのように、鍵をかける音が耳に届く。

 そういえば……類さんとはお風呂に入ったことはなかったな。
 初めて彼と関係を持った日、シャワーを一緒に浴びた気がするが……余裕がなさ過ぎて何も覚えていない。

 それを思えば、今の僕はだいぶ落ち着いている。
 所在がなくてテレビをつけたくらいだ。
 まあ、突如聞こえてきた女性の嬌声に驚いて、慌てて消したけども。

 シャワーの音が聞こえてきた。

 僕はベッドに寝転がった。
 と、天井が鏡張りになっているのに気付いて、息を飲む。

 これは……ちょっと目のやり場に困るぞ。

 仰向けでしたら、否が応でも自分の顔を見ることになってしまう。それは……凄く……イヤだ。

 僕はベッドの端っこに移動して横を向いた。
 類さんはいつもよりもゆっくりシャワーを浴びていた。

 しばらくして、彼は「おまたせ」とタオルで髪を拭いながら浴室から出てきた。

「おかえりなさい」

「伝? なんでそんな端っこに――」

 ベッドの隅っこで身体を縮こまらせる僕に類さんが訝しげにする。ついで、ニヤリと口の端を持ち上げた。

「ああ。天井、鏡張りだったのか」

 その表情に僕はジトと目を細めた。

「……類さん、知ってましたね?」

「いや、知らねぇよ?」

 そしらぬ顔で彼はベッドに寝転がった。
 鏡に映る類さんの頬は、ほんのりと赤らんでいて色っぽい。

「なぁ、伝。……今日はどんなエッチしよっか?」

「ど、どんな、って……普通でいいですよ……」

 あなたに触れられるならなんでも、と言いそうになったけど咄嗟に言葉を変えた。
 鏡のこともあるし、あまり恥ずかしいのは困る。

「普通かー……」

 類さんが頭の下で手を組む。
 何やら企んでいる……

「ぼ、僕もシャワー浴びてきますね……」

「おう。いてら」

 僕は逸る気持ちを抑えつつ、そそくさとベッドを立った。

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