ファミリア・ラプソディア

火事と背中(3)

* * *

 類さんと色々見て回りつつ、やっと類さんのお眼鏡にかない、かつ、お財布にも優しいお店を見つけることができた。

「すみません、たくさん歩かせてしまって……足、大丈夫ですか?」

「こんくらいなんともねぇよ。いい運動になったくらい」

 それでもこちらの事情で連れ回してしまったことに変わりは無い。なんだか本当に申し訳なくなる。
 いやいや……せっかくのデートなんだ。落ち込むのは後にしよう。

 僕は心の中で自分の頬に平手打ちをした。

「あのマネキンのコーデ、あんたに似合いそうだな」

「えっ、そ、そうですか……?」

 紺のシャツにグレーのカーディガンを羽織っている。足元はくるぶし丈のズボンに、革靴。
 凄く大人っぽくて、僕では浮いてしまいそうだ。

「あとは……」

 類さんは悩むことなく、幾つかのシャツとズボンも持ってきてくれた。

「良さそうなの選んでみたから、こっちも合わせてみろよ」

「わ、わかりました」

 僕は店員さんに声を掛けると試着室に向かった。
 ジーパンを買う時以外で試着をするなんて初めてかもしれない。

 ……似合わなかったらどうしようか。
 いや、類さんが選んでくれたんだし間違いなんてないはず。

 恐る恐る袖を通し、僕は鏡を覗き込んだ。
 姿勢を正す。
 髪を手櫛で整える。
 眼鏡の位置を直す。

 ……いつもより顔色が明るい気がした。
 スキニーパンツのお陰か、足も長く見えるような……?

 胸が躍った。
 そうか、オシャレするってこんな気持ちになるのか。

 試着室を出ると、店員さんがすかさず声を掛けてくれた。

「お疲れ様です。お似合いですね」

「は、はぁ。ありがとうございます……」

 背を丸めて頭を下げたのと、店内を回っていた類さんがこちらにやってきたのは同時だった。

「お、いいじゃん。よく似合ってるよ」

「……これ、買います」

 僕は鼻の頭を指先でかくと、店員さんに言った。

「他にもご覧になりますか?」

「ええと……」

「アウターも見てみようぜ。最近、急に寒くなってきたし」

「そうですね」

 僕は試着を終えると類さんと一緒にコートも見て回った。
 まだ高校の頃に買ったダッフルを着ているということは、内緒にする。

「このダウンジャケットとかいーんじゃね? モコモコしてるわりに、シルエットは細いし、合わせやすそう」

「ダウンジャケットですか……」

「キライ?」

「いえ、あんまり着たことがなくて」

 中学の頃、ダウンコートが校則で禁止されていたから、それ以降、候補に上らなかったのだ。

「暖かそうですね」

 上から羽織ってみる。
 保温性はバツグンで、とても軽い。

 ……そうか。もう好きな服を着られるんだ。

 姿見を見ながら、僕はそんなことを思った。
 大学に服装規定はないし、兄のお下がりを着る必要も無い。
 服だけじゃない。髪型だって変えてもいいんだ。
 どうして僕は、そんな当たり前のことを思いもしなかったんだろう。

「色、どうする? 黒と茶と……あ、青は限定色だってさ」

 青は、黒や茶と比べるとかなり鮮やかな色合いだった。服を合わせるのは難しそうだ。
 だけど……

「俺、青いいと思うけど」

 類さんが言う。
 僕はドキリとして彼を見た。

「似合うよ。絶対」

 彼は、いつも欲しい言葉をくれる。
 僕は背を押されるようにして、青いダウンジャケットを羽織った。

「ほらな? すげー似合う」

 類さんが微笑む。
 僕は気恥ずかしく思いながらも、小さく頷いた。

 いつもアウターは黒か、それに準じる色だった。他の色を自分が着るなんて考えもしなかった。

 ダウンジャケットをレジに持っていくと、店員さんはすでにさっき試着したシャツを包んでくれていた。

 お財布を取り出す。と、類さんが横から言った。

「ジャケットは別会計でお願いします」

「類さん……っ!?」

「頼むよ。ジャケットだけ。な?」

 耳打ちされる。
 僕はしばらく逡巡してから、困ったように笑った。

「……ありがとうございます。大切に着ます」

「おう」と、類さんが微笑む。
 僕らは店員さんに見送られながら、お店を後にした。

「ふふ……」

 歩いていると、思わず笑みがこぼれた。

「どうした?」と、不思議そうにする類さん。
 僕ははにかみながら続けた。

「早く冬にならないかなぁと思いまして」

 あんなに外へ出たいと思わなかった自分が、修学旅行の前日すら憂鬱だった自分が、ワクワクしている。
 今日買った服に合う靴も買おうとか、出かける用のバッグも探してみようかな、とか思っている。

「いいの見つかって良かったな」

「はい。今日の服で、類さんとデートするの凄く楽しみです」

「なんだよ、今はデートじゃねぇの?」

「や、デートっちゃデートなんですけど……今日のは前哨戦と言いますか」

「デートに前哨戦とかあんのかよ。初めて聞いた」

 類さんがケラケラ笑う。
 その時、ぐきゅるる、と僕の胃袋が盛大に空腹を訴えた。
 外でこんなに聞こえるかと驚愕するレベルの音だった。
 黙れというようにお腹を押さえれば、またこりずにぐきゅるると鳴る。

 僕は顔を熱くして類さんを見た。
 彼はますます笑った。

「すみません……」

「たくさん歩いたもんな。俺も腹ペコペコ。夕飯、何か食べたいもんある?」

「僕はこんな状態なのでなんでも食べます。なので、類さんの食べたいもの食べましょう」

「へぇ、そんなこと言っていいのか?とんでもなく高いとこ連れてくぞ?」

「すみません……お値段そこそこのとこでお願いします」

「了解。じゃあ席空いてるか、店に確認してみるわ」

 類さんはそう言うと道の端に寄って、携帯を取り出した。それについていった僕は、ふと 目の前のお店の看板に気を引かれた。

 手袋専門店、とある。

 僕は類さんに「ちょっと見てきます」と手ぶりで告げてから店に入ってみた。
 中には専門店なだけあって、ズラリと手袋が並んでいる。ほとんどが女性物だったが、ひっそりとメンズ用も置いてあった。

 類さんのほっそりとした手にとても似合いそうな革の手袋を見つけた。
 他のお店のものと何が違うのかはわからないけど、なんだかビビッときたのだ。
 単に先ほどの買い物でテンションが上がっているだけなのかも知れないが。

 ジャケットのお礼というわけではないけれど……
 プレゼントしたらつかってくれるだろうか。
 というか、僕もお揃いで付けたい、なんて思う。

 僕は意を決してそれを手にするとレジに向かった。
 軽く包装してもらったそれをリュックに詰め込み、急いで類さんの元に戻る。

 彼はいくつかのお店に電話をしてくれてたみたいで、まだ電話中だった。

 どのタイミングで渡そうとか、喜んでくれるかなぁとか、いろいろ考えて口元が緩む。
 僕は類さんの電話が終わるのを、端から見たら少し不審なニヤけ顔で待ったのだった。

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