餃子と眼差し(5)
■ □ ■
夕食時。
類は椅子の背もたれに身体を預けると、満足げな吐息をこぼした。
「ふぅ……食った食った。やっぱ家族で食う飯は格別だな」
「編集さんと美味しいもの食べてきたんじゃないの?」
そう問う帝人に、類は肩を竦めて見せる。
「まあな。でも、ソウの飯以上に旨いもんはねぇ」
「確かにね」
帝人は自分のことのように嬉しそうに頷いた。
その隣で、口いっぱいに生春巻きを詰め込んでいた寧太が口を開く。
「ほほひへほは……」
「飲み込んでから話せよ」
「……にしてもさ、何も問題なくて安心したよ~。電話くるかなって思ってたから」
「平気っつったろ。付き合い長い相手だし」
2日ぶりの家族の団らんに、土産話の花が咲く。
それに相槌を打つ伝の笑顔は、誰が見てもわかるくらい陰があった。
明るく振る舞おうとすればするほど、頬の筋肉が引き攣っている。
「……なあ、伝」
「は、はい?」
「何かあった?」
「な、なな、何もないですよ?」
張り付いた笑みで小首を傾げる。
それに寧太は眉をハの字にした。
「何もないって顔じゃないけど。ホントに大丈夫? 何か悩んでることあるなら相談に乗るよ」
伝はごまかそうとしてムリだと悟ったようで、諦めたように頭をかいた。
「……す、すみません。ちょっとバイトで疲れてしまって」
「夏期講習って、大変だもんね」と、しみじみと帝人が言う。
「そうなんです……」と乾いた笑いを落としてから、伝は空になった皿を手に席を立った。
「ごちそうさまでした。……あの、すみません。今日は先に休みますね」
「あ、おい。伝っ……」
「おやすみなさい……」
身体を縮こまらせ、そそくさと皿を片付ける。
それから彼の姿は自室に消えた。
パタンと力なく扉が閉まる。
しばらく間があってから、類はボヤいた。
「あの様子……バイトの疲れってわけじゃねぇな」
「……だよねぇ」
「誰か何か知らね?」と、類が背もたれから身体を起こす。
「ボクはわかんないな」
「うーん、気にしすぎじゃないの?」
「いや、あれは絶対に何かあった」
訝しげにする帝人に、類は首を振る。
それから、黙々と食事をしていた蒼悟に顔を向けた。
「ソウは? 何か心当たりないか?」
「……ない」
「いつもと変わったこととかはなかった?」
箸を止めて、顔を持ち上げた蒼悟に類は問いを重ねる。
「変わったこと……?」
それに、蒼悟は目を瞬いた。
思案するように視線を外し、それから箸を皿に置く。
「包丁、落とした」
「は? 包丁?」
「鞄、留め具のとこ修理して貰おうと思ってて……それを伝が持ってきて……中身が落ちた」
「あー……」「それだ!」「……だな」
帝人、類、寧太のそれぞれの反応に、蒼悟は困惑した表情を浮かべた。
「なにが?」
「デンデンさ、自分のせいで包丁落としちゃったって責めてるんだと思うよ」
「アイツのせいじゃないが」
「ソウは鞄の留め具が壊れてること伝くんに言った?」
「いや……」
ますますわからないと言うように、蒼悟の表情が曇る。
類は席を立った。
「ちょっと俺、フォローしてくるわ」
「待って待って。類ちゃんが行っても、あんまし意味ないと思う」
「それは……確かに……」
類は伝の部屋の扉を見やる。
それから少し考えるようにしてから、ポカンとしている蒼悟を見た。
「なあ、ソウ。お前から言ってくれないか。包丁落としたのは、伝のせいじゃないって。ついでに、嫌ってないってことも話してくれると助かる」
「別に嫌っていないが……」
「言葉にしないと、わからないこともあるんだよ」
「……それなら、わかった」と、蒼悟がコクリと頷く。
「おう。頼むぞ」
類が席に座り直す。と、再び箸を持った蒼悟が口を開いた。
「…………だが、その前にひとつだけ教えて欲しい」
「うん?」
「俺はどうして……料理ができるんだと思う?」
「…………は? どういうことだ?」
続く蒼悟の言葉に、類たちはきょとんとして顔を見合わせた。