臆病な唇とトライアングル(9)
* * *
朝。目を覚ました僕は、真顔でホテルの天井を見上げていた。
――イタしてしまった。本当に。3人で。
荒い息遣い、汗ばんだ肌、真っ白な浮遊感……夢のような、淫らな時間。
もちろん全て現実で、僕の頭はちゃんと記憶している。
さ、昨晩は酔っ払っていたんだ。
じゃなかったら、3人でしましょうなんて言うわけがない……。
僕はちらりと隣を見た。
オシャレな浴衣姿の類さんが深く寝入っている。
はだけた合袷目から、キスマークのついた肌が覗いて、ドキリとする。
その隣には、裸のニャン太さんが横になっていて、逞しい腕で彼を抱きしめていた。
僕は吸い寄せられるようにして類さんのワインレッドの髪に触れた。
「ん……」
脳裏を蕩けた表情が過り、慌てて手を引っ込める。
まさか、類さんが……ネコも出来るなんて思っていなかった。
もちろん性格だとか体格だとかで、ポジションが決まるとは思ってはいなかったが、なんとなく類さんはタチだと思っていたのだ。
わからないものだと思う。
もしかして僕に合わせてくれていたのだろうか。
そんなことを考えていると、ニャン太さんが身体を伸ばした。
「ふわぁあ……」
大きなあくびがひとつ落ちる。
次いで彼は僕に気付くと、身体をちょっと起こして目を三日月型に細めた。
「おはよー。デンデン」
彼は類さんを越えて身を乗り出し、僕の顔を覗き込んでくる。
「昨日は気持ち良かったね~」
「は、はい……」
唇が近づく。
僕は自然と目を閉じて……彼のキスを受け入れた。
昨晩の僕は酔っていた。
だから彼を受け入れた……んじゃ、なかったのか?
今の僕はもう酔ってはいない。
それなのに……ニャン太さんとキスをしている。
「ん、ンッ……は、ぁ」
ザラついた舌を絡め合い、やがて銀糸を引いて唇が離れる。
頬に手が触れ、ニャン太さんは親指で僕の鼻の頭を撫でた。
人懐こい大きな瞳を見つめ返す。
今度は僕から口付けた。
……僕は、類さんを愛している。
ニャン太さんのことは、スキだ。
じゃあ彼のことも愛しているのかと問われたら、きっと、たぶん、違う。
でも――セックスは出来てしまった。
ニャン太さんは長いキスを切り上げると、類さんに目を移し彼の前髪を脇へどかした。
露わになった額にちゅっと音を立てて吸い付く。
その光景に胸がドキリと高鳴った。
言葉がなくても、わかる。
ニャン太さんは――類さんを愛している。
「ん……も、朝か……」
類さんがうっすらと目を開けた。
彼の胸に顎を乗せて、ニャン太さんは口を開いた。
「お腹空いちゃった。モーニング頼んでいい?」
「ん……俺のコーヒーも頼む……」
「もちろん。デンデンは?」
「僕も軽くお腹に入れたいです」
「何食べる? ワッフルとフレンチトーストおすすめみたいだけど」
「じゃあ、ワッフルでお願いします」
笑顔で頷きながら、僕は自分に問い掛けた。
愛ってなんなんだ?
僕のこの、ニャン太さんに対する感情はなんだ?
彼に『触れることができる』という話ではない。彼を類さんの付属品のように受け入れたのではない。
僕は、ニャン太さんに心を動かされ、触れた。少なくとも、前向きな何らかの感情でもって……
しばらくすると、部屋にモーニングが届いた。
着替えた僕らはガラスのテーブルに移動し、朝食を取った。
僕はガムシロップを3つ、類さんに手渡した。
ニャン太さんがワッフルが乗ったプレートを僕の前に置いてくれる。
焼きたてのワッフルに、山のようなホイップクリームとチョコレートソースがかかったものだ。脇にはバナナが添えてある。……ちょっと想像していたのと違った。
「お前、ガキかよ……口の周り、メープルだらけになってる」
食事が始まると、類さんが苦笑してニャン太さんの口元を拭ってあげた。
「デンデン、フレンチトースト美味しいよ」
すると、今度は彼が切り分けたフレンチトーストをフォークに刺して、僕に差し出してくる。
僕はそれを口に含む。
甘い。……痛いほどに、甘い。
「はーい、次は類ちゃん。あーん……」
「あの、僕のワッフルも食べますか」
「あはっ、嬉しい。クリームとチョコソースたくさんつけて~」
「わかりました」
「俺には?」
もぐもぐと口を動かしながら、類さんが言う。
「もちろん。バナナも付けますよ」
ワッフルとバナナを一緒にフォークに刺し、クリームをたっぷり乗せた。 類さんが美味しそうにパクつく。
……この感情は、なんだろう。
胃に流し込んだ薄い珈琲みたいに、それは僕の中に小さなシミを作る。
でもすぐに、チョコやクリームの甘さにかき消されてしまった。
step.10 「臆病な唇とトライアングル」 おしまい