失恋とカシスソーダ(2)
* * *
新居に戻ってきた僕は、部屋の電気をつけて深い溜息をついた。
築25年の2階建て木造アパートのワンルーム。
床の上には、足の踏み場のないほど段ボールの山が積まれ、物置と化したデスクには論文を書くのに必要な学術書と辞書、ノートパソコン、あとは最低限の食器が乗っている。
「明日の授業の用意しないと……」
呟くと、それに応えるように胃が空腹を訴えてきた。
「……その前に何か食べるか」
マスターに愚痴りながら、バーで軽く何か食べようと思っていた僕はすっかり夕食を取り損ねていたことを思い出す。
ヤカンを火にかける。適当に買いためていたカップラーメンをシンク下の棚からひとつ取って、蓋を開けた。
ノートパソコンを段ボール上に移動し、電源ボタンを押して再び台所に戻る。それから湯が沸くのをぼんやりと待つ……
出来上がったカップ麺を手に、僕はパソコンのもとへ戻った。
適当な動画を流しながら、リュックから取り出したレジュメに目を通す。
しかし内容が頭に入ってこない。
ひとりの部屋は、広くて暗い。
寮では誰かしらが賑やかにしていた。僕はそんな友人たちを眺めているのが好きだった。
けれど、もうその思い出も黒く塗り潰されている。
……分かってたんだ。僕はツマラナイ人間だって。
強い意志も意地もない。やりたいことも、夢もない。
嫌われるのが怖くて、一人になるのが怖くて、いつだって愛想笑いを張り付けている。
修士に進んだのも就活に失敗して、窮屈な実家に帰りたくなかったからだし。
こんなヤツが友人の顔をして密かに好意を向けていたなんて、我ながら気持ち悪い。
いや、友達ですらなかったわけだけども。「便利」って……。
『俺はあんたのこと、もっと知りたい。だから今日、思い切って声をかけたんだ』
ふと、バーでのやり取りを思い出す。
そうして僕は、類さんの目的はやっぱり別にあったのだろうと思った。
彼のことを疑うのは気が引けるが、罰ゲームかもしれないし、そうだった方がずっとしっくり感じる……なんて、卑屈もここに極まれり。これでは、むしろ自意識過剰だ。
僕は喉奥で笑った。
でも、しょうがないんだ。こんな僕を好きになってくれる人はいないんだから。
『へえ? それって、俺に魅力を感じてるってこと?』
脳裏に過った類さんの笑みを必死に追い払う。
僕はもう傷つきたくない。
だから、誰とも関わりたくない。好きになりたくない。
微生物に分解されて、跡形もなく消えてしまうまで……どうかどうか、放っておいて欲しい。誰も見つけないで欲しい。お願いします。
誰にともなく頼みつつ、僕はカップ麺を啜った。
まごつきながらそれを咀嚼して、無理やり飲み下す。
それから容器を床の上に置き、眼鏡を外した。目元に手の甲を押しつける。
「でも…………寂しいんだ」
ポロリと唇からまろびでた言葉は、動画の賑やかな声にかき消された。