5つのグラスとおやすみのキス(1)
テレビ前のローテーブルに並んだピザは、Lサイズ6枚。
5人で割るとひとり1枚以上とサイドメニューになるわけで、当たり前だが半分は冷凍庫行きになった。
「いくら好きっつっても、さすがにもう食えねぇ……」
ソファの背もたれに身体を預けて、類さんが呻く。
ニャン太さん以外はみんな同じような格好で天井を仰いでいた。
重い。胃に圧倒的存在感を覚える。
気怠い沈黙……と、寝転がっていたニャン太さんが勢いをつけて身体を起こした。
「そだ。残ったやつ、明日、職場に持って行っちゃっていいかな。誰か食べる?」
「……しばらくピザはいいかな」
帝人さんがグッタリと応える。
「あの腹ペコくんにあげるの?」
「そうそう。餌付けすんの。じゃ全部貰っちゃうね」
Lサイズを3枚も食べるだなんて、相当お腹を空かせているんだろうか……
薄まったコーラを飲みながらそんなことを思っていると、蒼悟さんが立ち上がってお皿をを集め始めた。
「手伝います」
僕は慌てて、ピザの入っていた入れ物に手を伸ばした。
ゴミをまとめ、キッチンへ向かった蒼悟さんを追う。
ええと、ゴミ箱は……
「そこ」
と、蒼悟さんが言った。
彼の視線の先を追えば、台所の端におしゃれなダストボックスがふたつ並んでいる。
「ありがとうございます」
僕はさっさとゴミを片付けると、水で皿を軽く濯ぐ彼の横顔を眺めた。
蒼悟さんはあまりしゃべらない。
だから、どういう人なのか、何を考えているのか、全くわからない。
嫌われているわけではないのだろうけれど……少し、緊張する。
僕は思い切って彼に声をかけた。
「あのっ……」
「なに」
「お皿、僕が洗いましょうか」
蒼悟さんは水を止めると、僕を見た。
「……食洗機あるから」
シンク下の棚を示して、ボソリと言う。
そうか。この家では皿洗いはしないのか。
僕はすごすごと台所を後にした。
ソファでは類さんが長い足を組んで横になりニャン太さんと話をしていた。
「おかえり、伝」
僕に気付くと、彼は身体を起こし、先ほどまで頭を置いていた場所をポンポンと叩いた。
そこに座れという意味らしい。
「アイスコーヒー淹れるけど、伝くんも飲む? コーヒーより紅茶の方がいい?」
テーブルを拭きながら、帝人さんが言った。
「コーヒーでお願いします」
そう応えた僕は、ソファに座りかけた中腰のまま止まる。
今度こそ僕にも何か手伝えることがあるかもしれないと思ったのだ。
「み、帝人さ…………ぅわっ!?」
口を開いたのと、類さんが僕の太股に寝転がってきたのは同時だった。
反動でソファに腰を下ろした僕は、困ったように恋人を見下ろした。
「……類さん。何してるんですか」
「膝枕。うん、いい寝心地だ」
そう言って、彼は気持ち良さそうに目を閉じてしまう。
僕はなんとも落ち着かない気持ちになった。
申し訳ないというか……。手のやり場にも困るし……。
「デンデン、もっとダラーッてしていいんだよ。キミん家なんだから」
と、ニャン太さん。
彼はガムシロップや、青いアルミ缶をテーブルの元あった場所に戻してから類さんの足元の方に座った。
僕は俯き加減で曖昧に笑った。
何もしない、というのはちょっと難しい。今は特に。
カラカラと氷のぶつかり合う音が聞こえた。
顔を上げれば、帝人さんがグラスを5つお盆に乗せて戻ってきた。
ブラックのアイスコーヒーがふたつ。
カフェラテがひとつ。
レモンティーと、氷がいっぱいのミルクティー。それから小さなミルクポット。
僕には、この飲み物が誰の前に置かれるのか分からない。
それは当たり前なことなのだけど、少しだけ寂しく思った。
「牛乳必要なら使ってね」
帝人さんが僕の前にミルクポットと、ブラックコーヒーを置いた。
類さんはカフェラテ、レモンティーは蒼悟さん、ニャン太さんはミルクティー、そしてもうひとつのブラックコーヒーを、帝人さんは自身の前に置いた。
「類」
蒼悟さんが3つのガムシロップを投げる。それを類さんは器用にも寝転がったまま手を伸ばしてキャッチした。
「サンキュ」
身体を起こし、シロップを入れてストローでかき混ぜる類さん。
僕は自分の中のメモに、シロップ3個と書き記す。
「それで、伝くんはつつがなく引っ越しできたの? 暑いから大変だったでしょ」
帝人さんがいつもの穏やかな微笑みで口を開いた。
「類さんたちが手伝ってくれたお蔭で片付けの目処まで立ちました」
「そう。それは良かった」
「聞いてよ帝人。デンデンの部屋、本だらけ。辞典とか、こーんな厚くてさ。すっごい重いの」
ニャン太さんが身振り手振りを加えて話す。
「へえ?」
「面白そうな本たくさんあったよね?」
「年季の入ったヤツばっかだったな」
類さんが頷くと、ニャン太さんは真剣な表情を浮かべて大袈裟に頷いた。
「それ。すでに何人か殺してる貫禄が……」
「だから殺してないですってば……!」
そんなやりとりの中で、僕は寮での暮らしを思い出していた。
他愛もない話をして笑い合う。ふざけ合って、時折ケンカをしたりなんかして……
似ている。でも……やっぱり違う。
類さんに手を握られて、僕はハッと我に返った。
愛おしげな眼差しと視線が交錯して胸が苦しくなる。
……彼らの好みを知らないことだとか。
洗面所で、色違いの歯ブラシを見た時だとか。
そんなちょっとしたことで、彼らが共に過ごした過去に、自分はいなかったのだと思い知る。
僕らは友達じゃない。
友達なら、こんなに切なくなったりしない。
僕は……ゲストじゃなくて、彼らの日常に溶け込みたい。
……そのためには、もっともっと頑張らないと、と思う。