ファミリア・ラプソディア

理想と現実(8)

 街中に明るいクリスマスソングが流れる頃、学校中の生徒たちが浮き足立っていた。
 というのも、クリスマスという特別ナイベントを恋人と一緒に過ごすため、空前の告白ブームが到来しているからだ。

 特にうちのクラスは賑やかだった。
 昼休みの始まりを告げるチャイムが鳴ると同時に、さっそく数人の女子が訪れる。

「あの、汐崎くん! 今、ちょっといいかな……?」

「……な、なんだ?」

 怯えつつ、廊下に出るソウちゃん。
 それと入れ替わるように、別の女子が類ちゃんを呼ぶ。

「類くん~!」

「なんだよ」

「好きです、付き合ってください!」

「昨日断ったばかりだろ!?」

「押し続ければいけるかなって」

「いけねぇよ!」

 引っ切りなしに女子が訪れてふたりに声をかけた。
 笑ってかわす類ちゃんと違って、ソウちゃんはあまりに真剣に言い寄られ続けたせいか、女性恐怖症気味になっている。

「おもしろくなーい」

 帝人と机をくっつけてお弁当を広げたボクは、ロールキャベツを突きながらボヤいた。
 ふたりくらいボクもモテてみたい。正直めっちゃ妬ましい。

「あれはあれで大変そうだけどね」と、帝人が唐揚げを口に運びながら苦笑する。

「この間、類の下駄箱からラブレターが雪崩みたいに落ちるところ見ちゃったよ。壮観だったなぁ」

「ボクもそんな状態になってみたい! ってか、彼女欲しい!!」

「そんなに恋人欲しいなら、ニャン太から告白したらいいのに」

「女子はみーんな類ちゃんかソウちゃんが好きでしょ。わかってるもん。わざわざ振られにいく趣味はありませーん」

「そんなこともないと思うけど……」

 帝人が困ったように笑う。
 ボクはすねつつ、牛乳パックを一気飲みする。と、彼は廊下の方を振り返った。

「どしたの?」

「ニャン太。誰か呼んでるみたいだよ」

「へ……?」

「根子くーん」と、廊下側の席の女子に声を掛けられる。
 ボクは不思議に思いつつ、お弁当に蓋を乗っけると箸を置き席を立った。

「なになにー? なんかあった?」

 どうやら隣のクラスの子がボクに会いに来ているらしい。
 廊下に出ると、ひとりの小柄な女子生徒が申し訳なさそうに俯いて立っていた。

「ええと、キミは……」

 ボクはその見慣れない女子を見つめた。
 肩にかかるかかからないかの髪は柔らかなウェーブがかかっていて、花柄のピンで前髪を止めている。

「み、水野です。……あの、今、時間いいですか?」

 彼女――水野さんはか細い声で言った。

「うん。別にいいけど」

 ボクは軽く頷くと、彼女の後に付いていった。

 ちょっと前なら、これは甘酸っぱい青春フラグでは!? なんてドキドキしていただろうけど、もうぬか喜びはしない。
 体育祭の時も、夏休み前も、文化祭の時も、呼び出され意気揚々と向かった先で、類ちゃん宛ないしはソウちゃん宛のラブレターを手渡されたのだ。

 まあ、いいけどね。メッセンジャーでも。
 いつかボクの魅力に気付く女の子もいるよ。……いるよね?

 水野さんについていった時の心境もこんな感じだ。
 でも、人気のない家庭科室に辿り着くと、予想外のことが起こった。

「根子くん、付き合ってください」

 彼女は思い切ったように掠れた声を絞り出したのだ。

 息を飲む。
 ボクは身体を強張らせて、彼女の言葉を口の中で反芻する。

「つ、付き合うって……ぼ、ボクと? 大丈夫? 間違ってない??」

 あまりに恋人が欲しくて、聞き間違えたのだと思った。
 でも、耳まで真っ赤に染めた彼女はコクリと頷いた。

「え……えええ……!ソウちゃんとか類ちゃんじゃなくていいの!?」

「えっ……ね、根子くんが、いいです……」

「な、なな、なんでボク……」

「その……た、体育祭で……棒倒し、凄く格好良くて……」

 ボクはカッと頬が熱くなるのを感じた。

 ボクのお陰で勝ったようなものなのに、類ちゃんにサルみたいだったってゲラゲラ笑われたあの棒倒し。
 あれを見て、格好いいと思ってくれるなんて水野さんはめちゃくちゃいい人なんじゃないの?

 ボクはまじまじと彼女を見下ろす。
 前で組んだ華奢な手の爪が、キラキラしている。

 胸がキュンキュンした。申し訳ないことに彼女のことは今まで知らなかったけど……「カワイイ子だな」と思った。なんてボクはゲンキンなんだろう。

「ぼ、ボクで良ければ……よ、よろしくお願いします」

 そういうわけで、高校1年の冬、ボクに初めての恋人が出来た。
 水野さんは姉ちゃんたちみたいにキツい性格じゃなくて、控えめな笑顔がカワイイ――ザ・ふわふわ女子だった。

-116p-
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